対決 巨匠達の日本美術

7月の半ばに東京国立博物館に行って見てきました。時間がなくて2日続けて行ってしまいまして(苦笑
文章が長いので、まあ、ぼちぼちと読んで頂けると幸いです。
尚、この展覧会は8月17日(日)まで開催されています。



運慶/快慶 (うんけい/かいけい)
どちらも地蔵菩薩ですが、運慶さんが座姿勢で快慶さんが立像。どちらも左手に桃の形に似た如意宝珠を持っています。顔立ちは運慶さんがより地蔵顔で快慶さんの方が口元が紅をさした様に紅いのでより菩薩顔。


雪舟/雪村 (雪舟等楊せっしゅうとうよう/雪村周継せっそんしゅうけい)
雪舟さんの、達磨に弟子入りしたくて自分の腕を切断して差し出す断慧可断ぴ図』や、雪村さんの、立ち姿勢や竜の表情等に愛くるしい感のある『呂洞賓図』。しかし、二幅の左右それぞれに三本足のガマと、小鬼を遠くに吹いて送り込もうとしているような仙人が描かれている『蝦蟇鉄拐図(がまてっかいず)』は楽しい絵です。


永徳/等伯 (狩野永徳かのうえいとく/長谷川等伯はせがわとうはく)
金銀赤茶で極彩色の永徳さんに対し六曲一双に水墨で『松林図屏風』なんてのを浮かび上がらせるように描く等伯さん。とは言っても永徳さんの『松にハ(口辺に
八と書く)ハ鳥・柳に白鷺図屏風』の八咫烏の様な鳥と目元の涼しげな白鷺の顔もいい。でもって同じく永徳さんの『洛外名所遊楽図屏風』は『ウォーリーを探せ』みたいに楽しくて細かい。


長次郎/光悦 (長次郎ちょうじろう/本阿弥光悦ほんあみこうえつ)
すみません、焼き物はとんと解らないのです。でもね、俵屋宗達が下絵を描き、本阿弥光悦が書を書いたもの『鹿下絵新古今和歌巻断簡』と『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』がありまして。この鹿の顔と鶴の群れの流れのある構図が良いのですよ。鶴が飛ぼうとして首を低くしている図は恐竜かと思いましたもん。


宗達/光琳 (俵屋宗達たわらやそうたつ/尾形光琳おがたこうりん)
光琳さんは宗達さんの弟子。でも弟子を凌ぐ程になって行ったそうな。ぬぅ。感慨深い。二人とも同じように『風神雷神図屏風』を描いているのは有名なのだろう。しかし、ここでまた宗達さんの『狗子図(ぐしず)なるものを発見!淡墨、濃墨を使ったたらし込みという技法で描かれたこの、恐らくワンコさん(と思われる)手前にワラビ、の絵はこれがまるで、、、マウスでお絵描きだっ!可愛いですっ!一目惚れ。


仁清/乾山 (野々村人清ののむらにんせい/尾形乾山おがたかんざん)
乾山さんは尾形光琳の弟で仁清さんの弟子。ふむ、兄弟で違う人の門下生になっていると。宗達さんと光琳さんは淋派を生んで育てて行った人達、と。仁清さんは淡く、乾山さんは兄ちゃんの影響もあるんだね、鮮やかな色使いな気がしました。


円空/木喰 (修験僧円空しゅげんそうえんくう/木喰妙満もくじきみょうまん)
このお二人はどちらも国中を巡って仏の道を説く遊行僧と言うんだそうだ。木喰さんは木喰戒という木の根を食する戒律を守っていたんですね。お二人とも木材を元にして、円空さんはレリ−フ調でとにかく多産、木喰さんは円柱調の素朴な仏様を作成しながら生きていた僧侶だということ。


大雅/蕪村 (池大雅いけのたいが/与謝蕪村よさぶそん)
ユルくて憎めない画風。この二人が同じ主題によって描いた『十弁帳』『十宜帳』という作品が対比されていました。が、すみません、私にはそのユルさの違いに甲乙はつけられませんでした。この辺りまで真剣に見つめてきた為にゆるゆると揺れる脳ミソになり始めていましたから。



若冲/蕭白 (伊藤若冲いとうじゃくちゅう/曽我蕭白そがしょうはく)
シスレー点描風『石灯籠図屏風』を見た途端に「わあ、ひっさしぶりぃ〜!点々若冲じゃーん!」と嬉しそうに小踊りするスーツ姿の方が目の前に出現。ありがとう。あなたのような素直な鑑賞者が私は大好きです、いや、ホントに微笑ましい。

ここのコーナーは一番人が多かったのではなかろうか。それはまず若冲さんの6面『仙人掌(さぼてん)群鶏図襖』と蕭白さんの六曲一双『群仙図屏風』の為だろう。
群鶏というよりは「軍鶏」がたくさん。何を隠そう、私は鶏が大の苦手だ。隣に本物を、しかも尾長、、、なんかを連れてこられたら、恐らく正気ではいられなくなるんじゃないかと思う位、お願いします、勘弁して下さい、な人である。だけど、この若冲の絵は見つめてしまいましたよ、気迫負けっていうか、細部が見たくてもうどうしようもなく。足を踏ん張って目を見張る、なんだこいつは!これはもう鶏じゃない別の生き物!若冲さんの絵はとても人気があるそうなのだが、確実に苦手な人がいるはず。例えば気持ちが悪いという人もいると思う。それでもやっぱり面白い。負けて見つめてしまうんだな。何でだろうといつも思う。

さらに別な意味でそれに輪をかける人が蕭白さん。解説の言葉を借りてそのまま書いてみると「画人、画狂、画仙、画魔。奇天烈な表情と偏執狂的形態描写で強烈な存在感を放つ。形態そのものの奇抜さと卓越した描写力。」

だってね。。。
ガマ仙人が頭の上に白ガマ蛙を乗せて、目が寄った、黄色い衣の天女に耳掃除をしてもらっている。その上にいるのは猿風イグアナ。さらにその向こうには孤児を引き取って育てているのだろうか、その園長先生らしき人に安心感は申し訳ないが持てない。
呼ばれてやってきた龍も目が泳いでいる。あ、仙人さん(だろう)達の衣は赤、黄色緑の極彩色。群仙図屏風に描かれているのはそんな夢のような景色なのだ。その前を通る人々は、まず止まり、口を開け、漏らす言葉が「こいつ、、、すげぇ。。。」なのですから。こんなのありえない〜と言っても文化庁所蔵のれっきとした作品だし。

その二枚に打ちのめされた後で眺めた若冲さんの『雪中遊禽図(せっちゅうゆうえんず)が異様に美しく静かに見えたのは私だけでしょうか。水仙と山茶花、そしてメレンゲを乗せたみたいな雪、そして鴨(?)


応挙/芦雪 (円山応挙まるやまおうきょ/長沢芦雪ながさわろせつ)
応挙さんの『猛虎図屏風』はお好きな方が多いでしょう。ホントに、その細い筆のタッチで描かれた毛並みはルーペ使って観ている人がいた程。私もガラスぎりぎりに接近して観てきました。さらさらぴかぴかなんですよ、この猫トラさんの毛並みが。。。シャンプーとリンス、ブロー済み!という美しさで。何分前にへばりついて観てたかなあ。
方や芦雪さんは伸びやかで大柄の、猫使用な感じの大トラ(飲みじゃなくて)『寅図襖』(6面のうち4面)でとにかく大きい。とは言っても応挙さんの方は代表作なのだよね。それと比べられるって何だかな。

又、応挙さんの好きだった女の人の絵を観る人の誰もが「これが?当時の美人なのか。。。」と語尾が下がっていたのと、芦雪さんの描いた山姥の顔がなかなかどうしようもなくイケテると思う私がいたり等々。なかなか楽しいものですよ。


歌麿/写楽 (北川歌麿きたがわうたまろ/東洲斎写楽とうしゅうさいしゃらく)
写楽さんは阿波藩の能役者、斎藤十郎兵衛ではないかという説がある。人気役者を戯画化したことでその人気は10ヶ月程で終わってしまったそうな。やはり、人をこき下ろしては続かないのでしょうか。でも、粋だと思うしそう思う人がいるから日本文化にこんなに浸透しているんだろう、というありきたりの感想でお茶を濁して、と。


鉄斎/大観 (富岡鉄斎とみおかてっさい/横山大観よこやまたいかん)
大観さんは水戸藩主の長男で東京芸術大学の一回生で第一回文化勲章受章者、日本美術の指導者って、もうこんなに非の打ち所がない人は、どんなオーラが出ていたんでしょう?
このコーナーが会場の一番最後で作品は六曲一双、白い雲に顔を出したややデフォルメされた青富士『雪中富士図屏風』でした。時間が足りなくて二日に渡って観に来た最後がこの白雲に青富士っていうのがいいよねえ。もうためつすがめつ正面に立って思う存分眺めてきました。感無量とはこのことなり!


追記
1) 主催者の中に「國華社」というのがあります。「國華」というのは現存する美術専門誌では世界最長寿の専門誌で岡倉天心らが1889年に創刊。今年が創刊120年にあたる。今回取り上げられたのはいずれもこの研究誌で取り上げられた作家作品が中心となっているとのこと。

2) 本来なら絵柄のリンクなど貼っておくべきなのでしょうが、すみません、忘れたころにやるかもしれませんが、今日はもう寝ます。待ちきれない方は作品名を元に検索してみてください。よろしくなのです。又、漢字が正しく変換されていない場合は遠慮なくご指摘くださいませ。


3)長々と読んで頂きありがとうございます。
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by t2mina | 2008-07-29 01:11 | 本・映・音・展