月と兔と僕

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長きに渡る仕事を終えて、何とか休暇にこぎつけた。ぐったりだった。かといって泥のように眠れるわけでもなく、適当な時間に目は覚めた。旅行に出かける期待は大きいし、消耗した分を充電できるに違いない。なんと言っても、初めての宇宙旅行に出かけるのだ。

行き先は、月。

宇宙への個人旅行が出来るようになったのは、ようやく僕の曽祖父の時代になってからだった。金額的には億万長者にしかできない旅ではあった。それでも一個人が宇宙に行けるのは、とても画期的なことだったに違いない。今ではツアーであれ個人旅行であれ、それほど珍しくはない。
僕の乗る便は格安券だったので、今、火星で乗り換えを待っている所なのだ。宇宙ステーションの窓の向こうには一面に銀河が広がっている。

「あなたも月にいらっしゃるの?」
くるりとした綺麗な目の女の子だった。表情がとても人懐っこい。
「あ、、はい。」「そう。私も月に住んで10年になるわ。今日は地球に帰省してその帰り。」
ラッキー、月につくまでの間の楽しそうな話し相手だ。

月には、肌の色や耳の長さ、又体格の違う様々なうさぎ族が、がそれぞれの地域に住んでいる。
彼女が世話になっているのは、月の先住民であるうさぎ族のお宅だそうだ。人間の髪の毛にあたるのが長い耳で、結んだり、結ったり染めたり皆おしゃれをしている。性別はないが、ある年齢に達すると、性別を選ぶこともできる。言葉はイヤホン型の音声変換機で変換されるし、必要なら自国語で何というかを調べる事もできるそうだ。

窓の向こうの銀河を見つめてうっとりしながら彼女は言った。月はとても快適で、彼女は今幸せだ、と。
「あなたも月で暮らせばいいのに。地球は忙しいばかりだし、人口過密で資源は減るばかりでしょう?月の時間の流れと地球人にはない宇宙的な感性に触れたらきっと気に入るに違いないわ。」

そんな生活もあるんだな。初めて訪れる月、僕の期待はどんどん膨らんでいった。そして乗り継ぎ、月に到着。クレーターの直径の中にぴったりはまる着陸ができるかどうかがパイロットの腕の見せ所と言われている。静かな排気とともに何とも見事な着陸だった。
「初めて地球からお越しのお客様には呼吸器装着とそれに伴います順応時間が必要となります。」

スチュワーデスの指示があった。先程の彼女はその必要はないらしく、僕の姿をみつけると急いでこちらに手を振りながらやってきた。
「どうやって君たちは外に出るの?」
僕が聞いたとたんに彼女はにっこり笑い、ぴょん、と跳んだかと思うとくるりと回って小さな白いうさぎになった。そして僕の手の中でにっこり笑っていた。おかしなことに、つくりはうさぎの顔なのだが、目や表情は先程の彼女なのだ。
「市民権を持っている者は、ここに着けば生態も変えることができるのよ。ここから地球を見るとね、じわじわ変わっていくの。狼男じゃなくて、うさぎ女、ね。ねえ、そこのパスポートコントロールまで連れて行ってくれない?」
彼女は僕の手のなかで笑っていた。

僕は少しびっくりしながら彼女を手に乗せて歩き、その姿だけでさっと入国を認められた彼女は、長い耳を僕の手の平にこすりつけてから、方耳でばいばいの仕草をすると、ぽーん、と高く高く跳んで銀河が広がる月の街に消えていった。

これが僕の、初めての宇宙旅行での始まりの話。その後地球に戻ってからも、うさぎになってみる人生も悪くないかもしれない、と考えながら、度々美しい月を見上げている。


このお話を書いた後で、こちらに伺ってみてびっくり!coincident?synchronism?TBさせて頂きます^^。
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by t2mina | 2006-07-15 22:15 | イラスト